3.制作にあたって

制作の指針

 私の本来の仕事は「段ボールを使用した原寸模型の制作」ですが、大型工業製品の開発プロセスにおける機能及び形態検証のためのモックアップ制作、及び、段ボールの加工技術の開発という、二つの目的をもって取り組んでまいりました。実際にD51やC62、そのほか大型の工業製品を制作するとともに、段ボールの加工技術の実証実験や、加工コストの低減化、生産システムの向上等々、格好よく言えば、段ボールの製品化工程を通して段ボールの素材としての可能性を追求してきたというわけです。いっぽう、段ボールの構造を見直して高機能の段ボールを制作する試みにも挑戦しています。20年をかけてようやく実証実験を終えようとしている技術を1号機関車で試験的に使ってみたいと思っています。

 

 これまでに培われてきた加工技術を応用して作るとはいえ、この「一号機関車」は、新しい技術の開発よりも作品の表現性に主眼を置いて制作したいと考えております。構造体については、これまでに制作した大型機関車で実証しているので、今回は、実機の持つ雰囲気にどこまで迫ることができるのか、詳細部分の表現手法を徹底的に追い求めていく所存です。

制作事始

実機に取り付けられている銘板(鉄道博物館)
実機に取り付けられている銘板(鉄道博物館)

機体の制作に入る前に、まずは製造した会社の銘板からつくることにしました。当時の最先端の技術を基に製造した機関車である証として掲げられたプレートです。150年前の英国の工員たちが現代の日本人に語りかけてくることとはいったい何だろうか、それを想像しながら、制作の第一歩を踏み出しました。プレートの下地塗料の重なり具合がうまく表現できているでしょうか。銘板の制作は豊福一史氏(九州ダンボール株式会社所属)

実機に取り付けられている銘板(鉄道博物館)
実機に取り付けられている銘板(鉄道博物館)

植木元太郎直筆とされる銘板。手書きの雰囲気を出すために、手切りで表現を追及しました。ヴァルカン・ファンドリー社の銘板同様、この銘板が制作された年代(明治44年)に遡って体感することが必要だとの想いから、このプレートの切り出しを「事始」としました。模型であれ1号機関車を島鉄に戻すためには、植木翁の思いが込められたこの銘板を忠実に再現できていなければなりません。精神力を試される作業になりました。制作は豊福一史氏(九州ダンボール株式会社所属)

二つの「1号機関車」

 2017年(平成29年)11月から12月にかけて、鉄道博物館(大宮)で展示されている1号機関車を「採寸」する作業を実施しました。ご存知のかたも多いと思いますが、この機関車は「国指定重要文化財」であり、本来、手で直接触れるような行為はできません。このたび、原寸のモデル化に当たり、島原鉄道、島原市をはじめ多くの関係者のお力添えの末に、鉄道博物館(公益社団法人東日本旅客鉄道文化財団)の快諾を得るに至りましたが、長い間の作業を快く見守っていただいた当館並びに学芸部長をはじめとするたくさんの館員の方々に対し、こころより御礼を申し上げます。

 

 採寸作業の詳細については、本ホームページの「採寸作業」をご覧ください。ここでは、採寸の結果で分かったことを、いくつか取りまとめてご報告しておきます。

 1871年(明治4年)製造のこの機関車は、日本に輸入されてからの数年間は故障続きで、何度も手が入ったようです。その後神戸の工場で大幅な改造が施されたという記録が残っていますが、島鉄への譲渡以降にも改造がくり返され、現在博物館で展示されている実機の形態は、輸入当時の姿をほとんど留めていないのです。そのことを物語るように、採寸作業を通じて分かったことは、台枠と走行装置の一部を除いて、部材及び部材位置の変更が施されていて、輸入当時の形といまの形はまったく異なってしまっているということ、つまり、1号機関車は二つ存在した(している)、ということです。

 

 そこで今回、1号機関車を制作するにあたり、1871年当時の新造車体と島鉄で活躍していたころの車体(つまり改造後の車体)、それぞれを同時に製作することで、当時の技術者たちの工夫の跡を追跡してみたいと思います。輸入当時のスケッチはあっても写真などリアルな資料は残されていなので、原寸のイメージをつかむのは困難です。

 150年前の原寸の機体を前にして思うことは人それぞれでしょうけれども、日本における最古の「1号機関車」と、最新の「C62形機関車(といっても1948年製ですが)を作り終えた私にとっては、機関車技術の進歩がいかになされたのか、そのドキュメントを追体験できる素晴らしいチャンスに巡り合えたと思う次第であります。

輸入当時の1号機関車(「鉄道100年のあゆみ」(1972年 日本リーダーズダイジェスト社刊)より転載
輸入当時の1号機関車(「鉄道100年のあゆみ」(1972年 日本リーダーズダイジェスト社刊)より転載
島鉄時代の1号機関車(島原鉄道株式会社所蔵)
島鉄時代の1号機関車(島原鉄道株式会社所蔵)